見えるもの、見えなくても存在するもの


もともと夜1時ぐらいになるまで
ガサゴソといろんなことをしていた私ですが
今年のネムネム続きのおかげで?
最近夜早く寝て(9時に寝てしまうこと多々)
朝早く起きるパターンになんとなくシフトしています。

すっきり起きれるようになったので
朝、近くの神社まで
ちらっと散歩して
その帰り道を毎日違うところを
ほんの少しだけ歩いたりしています。

すると、

え!?

こんなところに眼科があったのか!

お!?

ここの内科は女医さんだったんだ!

へー、こんなところにこんな店があったのか!

この花可愛いな〜

とか、今まで何年か歩いてたのに
まーーーーーーーーったく
視界にすら入っていなかったところに
気がつきます。

そこにずっと存在していても
自分がそこに意識を向けていなければ
ある意味、私の世界の中には
存在しなかったも同然になっています。

自分の意識が向いたところだけが
視界に入ってくるような視覚神経の使い方を
セレクティブフォーカスと言いますが
人によってはこれが得意な人と
一気に全部を受け入れる
パンフォーカスが得意な人がいます。

また、同じ人でも
そのときの必要性に応じて
セレクティブフォーカスと
パンフォーカスを使い分けています。

あまりにも自然にそれをやっているので
自覚がたいていなかったりしますが
自分に見えている、と思っているものだけが
この世界ではないかもしれない、
自分には見えてないものが
まだまだたくさんあるかもしれない。

すべてを全部見る必要はないですが、
そんなことを頭にとめながら
自分に必要なものを見ていく。

今まで見えてなかった奥行き
今まで見えていなかった角度
今まで見えていなかった方向性。。。

めちゃくちゃ当たり前のような例で
書いていますが、、、、改めて、

これからますます
この見えてなかったけれど
存在していた重要なものに
気づいていくことが鍵になっていくかと思います。

また、どうしてこの散歩で
見えてないところに意識がいくかというと
ゴールオリエンテッドなこの現世の生き方では
そこに向かうことしか意識がないので
無意識的にそれ以外の要素を排除しているからですね。

普段モードのその意識、
時々ふっと緩めると
今までなかった解決策のヒントが
見つかるかもしれません。

他人の視点が見えるかもしれません。

答えがそこにずっとあったことに気づくかもしれません。

そういう発見の日々は
面白いものになっていくでしょう。

#私にとって見ていなかったけれど
#ある日突然見えたものでも
#私にとって重要でなければ
#また私の中では忘れ去られていくのですけどね
#なので見つけた眼科どこにあったか、もう覚えてない(笑)

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